(株)央建築設計事務所株式会社 央建築設計事務所

おおらかな家に住む〜和でつくり、洋に住まうおおらかな家〜和でつくり、洋に住まう〜

プロフィール

プラン

お問合わせ先

おおらかな家に住む〜和でつくり、洋に住まう
ナビゲーションバー
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
 

次のページへ

01 おおらかな住宅:橘夫人邸(奈良天平時代)
法隆寺東院伝法堂は、法隆寺東院資材帳のなかで聖武天皇の夫人であった橘夫人が天平末年頃に施入したもので、移築時に東院伽藍の講堂として現在みる7間2面の仏堂となった。移築前の当初は桁行5間、梁間4間、切妻造、檜皮葺、妻入の形式であった。桁行5間のうち3間は壁、扉で囲まれた部分であり、2間は吹放しで、さらにその前方に簀の子が敷かれていた。現存しない奈良天平時代の住宅建築がうかがえる。 (図説日本建築年表より)
クリックして拡大 クリックして拡大
法隆寺伝法堂 前景 法隆寺伝法堂 断面図
クリックして拡大 クリックして拡大
法隆寺伝法堂前身建物
  復元立面図
法隆寺伝法堂前身建物
  復元平面図
※クリックすると拡大表示されます。

  いつ頃から住宅の柱が細くなったのであろうか。
部屋が小さく分割され、名前が付けられ、用途が特定される。
文明の利器の進歩により、太い丸太が細い材料に製材される。
合理的精神の発達で、少ない荷重には小さな部材で対応するようになるのだろう。
もったいないという意識もしぜんに生まれると思われる。
木造のたのもしさは、柱の太さにある。
太ければ太いほど安心感が生まれる。
つい 抱きしめたくなる。
太い柱が いとおしくなる。

ひろい部屋を太い柱で支えたい。
上階の荷重を支えるに充分な柱の太さがほしい。
おおらかな空間がほしい。            
     次のページへ

Copyright© 2002-2010 (株)央建築設計事務所 All rights reserved.